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2011年03月03日

日本語の妙 (学びと勉強)

日本語はとてもとても奥の深い言葉だと思います。
言い表す漢字(文字)によって、微妙に意味が違う。

さてさて、最近の私は
おふくろ塾をリアルなものにするために
より具体的なあれやこれやを学び始めています。
それによりいろいろな気づきを
得られるようにもなりはじめました。

ふと気づいたことのひとつが
「学びと勉強のちがい」。

子どもの頃、私が学校でしていたのは
「学びではなく勉強だな」と。
そして、今しているのは
「学びだな」と。

学校でしていたことはすべて
強制的にやらされていた感がすごく強かったです。
 教科書はこれ
 テストの範囲はここ
 宿題はこれ     などなど。          

いつも課題をこなさせられていたというか
とにかく「努力を強いられていた」というか。
まさに「勉強」だったなと。


それにひきかえて、大人になってから
あれこれインプットすることは、
やらされている感はまったくありません。
だから「努力を強いられている」気はしないのです。


自己啓発本、セミナーなど
教えてくれる人たちが必ず口にする言葉があります。

「とにかくやってみることが大事」


そう言われ続けて
とりあえず出来ることからやってみていると
ひょんなきっかけで
「あぁ わかった」という感覚が
ふっと沸いてくる瞬間があります。

これこそが「学び」だな〜って思っていたら
広辞苑にもちゃんとそう書いてありました。

「学ぶとは、まねてすること。ならって行うこと。」
「勉強とは、精を出してつとめること。」

まさに「そ〜なのか。あぁわかった」です。

これまでは「自分は今勉強している」って言ってたけれど
これからは「学んでいる」って言うべきだなと思いました。


日本語ってすごいですね。
太陽のもとにある国の言葉。
そこに、どんな妙がひそんでいるのか・・・

そしてまた、
「いうにいわれぬほどすぐれている、美しい、甚だ巧みだ」
という言葉を表す文字に「妙」という漢字を当てはめた意味は?


学び始めたもともとの目的とはまったく別の方向に
新たな学びの道が開かれる。
そのために目的にたどり着くのがすこし遅くなったとしても
そういう道草もわるくないと思います。

そんな道草こそが、Brainの回路となるのでしょうね。
posted by mam at 16:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | はじめに
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